野口製茶所
〒437-0216 静岡県周智郡森町天宮805
電話 0538-85-2243
野口製茶所物語

明治33年近隣の農家拾数軒に
より共盛社を設立し荒茶の
製造を始める。

当時の工場完成時の棟札です。

お茶の手揉み研修所が併設される。

昭和初期共盛社が解散となり
野口茂重(当店初代)が
これを引き継ぎ荒茶の製造を続ける。

昭和9年頃の店舗前での写真
この頃、荒茶の製造と共に精米の仕事も並行して行っていました。
上の左から2番目が茂重です。茂重(もじゅう)は地域では人望も厚く「茂重(もじゅう)さ」と
呼ばれみなさまから親しまれていました。名前は「もじゅう」という珍しさもありすぐ覚えてもらえ、
ちょっとした有名人でした。
いまだに近くのお寺(大洞院等)で売り出しを行なっている時、
お客さんから「どこのお茶や?」と聞かれ「野口製茶所です」と答えると
「あぁ〜、茂重さの所か」と茂重の名前が出る程です。

昭和14〜18年頃の茶畑
この頃は自家の茶園があり新茶時期には
近所の人たちなどに茶摘みを手伝ってもらい、
また近隣の農家からも生葉を仕入れ、
約10人の茶師が24時間交代で工場を
動かしていました。
できた荒茶は森町の問屋に卸していました。

戦後になり荒茶の製造に加え、荒茶製造のみ
だとお茶時期にしか仕事がないため、
1年中できる仕上げの仕事も始める。
自分たちで製造した荒茶を仕上げし、
そのお茶は森町の問屋に見本を出し、
東京などのお茶やに売ってもらっていました。


昭和20年頃の2代目 邦男のお茶の仕入れの様子

邦男は、戦争に2〜3回行き、体を悪くし、
戦後は仕上げたお茶の様子を見るなどの重要な
仕事以外は弟に任せていました

昭和38年頃の写真
車の写真(座って居るのが2代目 邦男 後ろ 弟夫婦)

この頃田舎ではまだ車が珍しい時代でした。
この車が野口製茶所にとって初めての車です。
この車で生葉などを運んでいました。荷台に乗るのも一つの楽しみでした。

昭和37年頃東京のお茶やさんでの1年間の修行を経て、利彦が野口製茶所3代目となる。
東京のお茶やでの修行時代に小売業を学びました。
この頃には直接消費地のお茶やに仕上げたお茶を卸していました。
卸業のみで県外への出荷がほとんどで、地元森町の人たちに飲んでいただく
機会がありませんでした。せっかくおいしいお茶ができるのだから、「近所の人達にもおいしい
お茶を飲んでもらいたい」という思いから、小売業を始めました。
始めはなかなか売れませんでしたが、親戚や知り合いに飲んでもらい口コミで
おいしいという評判が広がり買いにに来てくれるお客様や注文をしてくれるお客様が増えてきて、
地方発送もするようになり少しずつ小売業が軌道にのり始めました。


昭和38年頃の写真仕上げ工場の様子
この頃は1日約4,000kgの生葉を扱っていました。
昼の2時と夜中の2時の交代の12時間勤務のため、夕食を夜中の2時過ぎに摂る事もあり
工場で寝てしまったりしました。
4番茶が終わると焙炉(ホイロ)あげ(慰労会のよおうなもの)でみんなで労をねぎらいました。

昭和44年に結婚し、3代目の妻 道子も計測や事務を手伝ったりした。
計測はしょいカゴいっぱいの近所の茶畑から摘み取られたばかりの生葉をカゴごと量り、
その後生葉を出してからのカゴを量るという2段階で量っていました。
その差を生葉の重さとして買い取っていました。

昭和49年頃荒茶の共同工場が周辺ででき始めたため、荒茶の製造を終了。
その後は荒茶を仕入れ、仕上げをし、お茶の販売に力を入れてく事にしました。

店内事務所の様子

荒茶工場の様子

小さい頃の兄弟の写真
左から 次男 赴  長男 哲也  長女
小さい頃は3人仲良く遊んでいて家の隣の工場に入り込んではよく叱られていました。

昭和52年頃の店舗前の写真
地元の祭りでの親戚との記念写真です。
これからみんなそろってお祭りにおでかけです。

昭和62年店舗兼自宅を建て直す
建て直している間は仮の住まいとして工場の一部に畳を敷き詰めて一家で利用していました。
茶師の人達がいた頃使っていた工場の中の風呂なども使い、
工場の生活を約半年間楽しみました。

長男 大学卒業後、就職しより多くの人とふれあいながら世間の仕組みを学び、
弟より一足先に野口製茶所で働きだす。

次男 大学卒業後、就職し営業を学ぶ。

営業の訪問先で出されるお茶を飲んでいるうちに、「何で??ここのお茶はおいしいぞ!」
「えっ‥なんかおいしくないぞ…」と感じはじめ、なんでこんなに味が違うのだろう?と思い、
お茶の魅力に気付き、もっとお茶についていろいろと知りたいと思うようになり会社を退職。
お茶についてとことん追求していこうとあれこれ考え、数ヶ月悩んだ挙句、
お茶やになろうとき決めた。そして、近くのお茶やで約2年半修行。
その中で、初めて知ったのが新茶は4月下旬から5月にかけてできるということ。
その時期は約1ヶ月間休みが無いという事。ゴールデンウィークも。体が慣れず、
とても疲労困憊だった。
お茶についてまったく無知であった私はお茶がどのようにできるかも知らず、
新茶時期の始めに摘まれたお茶の葉がみるく、高級茶になる事、
じょじょに葉も大きく成長し摘まれたお茶は価格も下がっていく事など基本から学び始めた。
そこではとにかくお茶の味をを覚えろということで毎日何十杯ものお茶を飲ませてもらい
味の違いを体に叩き込んだ。
少しずつお茶の事を理解しはじめた。もっとお茶について学びたいと思い、
日本茶インストラクターの試験があることを知り、ちょうどいい機会だし、修行先の社長の
進めもあり、日本茶インストラクターの試験に挑戦することにした。
結果見事合格。


仕入れから、仕上げ、販売までのお茶やの流れを学び、野口製茶所で家族と共に働き始める。
その後、結婚し、妻に忙しい時など、仕事を手伝ってもらっています。


古い工場の外観

平成20年工場建て直し明治33年に建てられた工場を使いやすいように
増改築を繰り返し大きくしてきたが、区画整理と工場の老朽化により建て直す事に。
(昔住んでいたこともあった工場なので少し残念…でも老朽化だから仕方ないか)
新しい工場の上棟 新しい工場の外観
3代目夫婦 東京浅草にて
息子2人に仕事を任せられるようになり、
ゆっくりと旅行を楽しめるように
なってきました。
東京の妹夫婦に招待されて相撲を見に
行ってきました。
浅草で人力車にも乗せて頂きとても
楽しかったです。

長年慣れ親しんだ古い工場ともお別れし、
明るくなった
全てが見渡せれる工場で今まで以上に
おいしいお茶を造れるように
取り組んでいます。
家族だけの小さなお茶やだからこそ
一人一人のお客様とのコミュニケーションを
大切にし、おいしく味わっていただけるよう
心がけています。


「野口製茶所」は地元の農家の荒茶を厳選して仕入れ、ブレンドいたしております。
お茶は形状、水色、滋味、香気の4つが重要になります。お茶は自然のものです。
同じ農家でも毎年、天候や気温等の影響によりお茶の出来が違います。
そのなかで形状・水色・滋味・香気のバランスの取れた当店の目指すお茶を一軒の農家の荒茶で造ることはとても難しいことです。
毎年農家の荒茶を厳選して仕入れ、ブレンドすることにより他では飲めないお茶作りを行っております。

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静岡県周智郡森町天宮805
電話 0538-85-2243 FAX 0538-85-2243
E-mailアドレスnoguchi@maru-cha.com
担当者 野口 赴(たけし)

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