昭和62年店舗兼自宅を建て直す
建て直している間は仮の住まいとして工場の一部に畳を敷き詰めて一家で利用していました。
茶師の人達がいた頃使っていた工場の中の風呂なども使い、
工場の生活を約半年間楽しみました。
長男 大学卒業後、就職しより多くの人とふれあいながら世間の仕組みを学び、
弟より一足先に野口製茶所で働きだす。
次男 大学卒業後、就職し営業を学ぶ。
営業の訪問先で出されるお茶を飲んでいるうちに、「何で??ここのお茶はおいしいぞ!」
「えっ‥なんかおいしくないぞ…」と感じはじめ、なんでこんなに味が違うのだろう?と思い、
お茶の魅力に気付き、もっとお茶についていろいろと知りたいと思うようになり会社を退職。
お茶についてとことん追求していこうとあれこれ考え、数ヶ月悩んだ挙句、
お茶やになろうとき決めた。そして、近くのお茶やで約2年半修行。
その中で、初めて知ったのが新茶は4月下旬から5月にかけてできるということ。
その時期は約1ヶ月間休みが無いという事。ゴールデンウィークも。体が慣れず、
とても疲労困憊だった。
お茶についてまったく無知であった私はお茶がどのようにできるかも知らず、
新茶時期の始めに摘まれたお茶の葉がみるく、高級茶になる事、
じょじょに葉も大きく成長し摘まれたお茶は価格も下がっていく事など基本から学び始めた。
そこではとにかくお茶の味をを覚えろということで毎日何十杯ものお茶を飲ませてもらい
味の違いを体に叩き込んだ。
少しずつお茶の事を理解しはじめた。もっとお茶について学びたいと思い、
日本茶インストラクターの試験があることを知り、ちょうどいい機会だし、修行先の社長の
進めもあり、日本茶インストラクターの試験に挑戦することにした。
結果見事合格。

仕入れから、仕上げ、販売までのお茶やの流れを学び、野口製茶所で家族と共に働き始める。
その後、結婚し、妻に忙しい時など、仕事を手伝ってもらっています。